ペンストック点検におけるAR遠隔目視支援と3Dレーザースキャン
May 9, 2025

はじめに:
水力発電所におけるARを活用した水圧鉄管(ペンストック)点検の変革
ある大手水力発電所は、長年の課題に直面していました。それは、設置から数十年が経過し、外部腐食の問題を抱える水圧鉄管を、いかにして効率的かつ正確に点検するかという点です。従来の手法(スポット的な超音波探傷検査など)では、多大な労力と時間を要し、不正確さが生じるリスクがありました。貯水池からタービンへ高圧水を送るこれらの巨大かつ長大な鉄管は、安全な継続運転と信頼性を確保するために、正確な腐食評価を必要としていました。
手作業による超音波探傷、目視検査、リバウンドハンマー試験、浸透探傷試験(DPT)といった従来の点検手法は、これほど複雑で広範囲にわたる表面を扱う場合、多大な労力と時間を要するだけでなく、人的ミスも発生しやすいものでした。
点検プロセスの迅速化と近代化を図るため、同発電所は、AR(拡張現実)を活用した遠隔目視支援と、現場での3Dレーザースキャン技術を組み合わせたハイブリッドな手法を導入しました。
この革新的なアプローチは、点検プロセスの精度向上と迅速化を実現しただけでなく、人件費、安全上のリスク、および設備の停止時間(ダウンタイム)の削減にも寄与しました。さらに、適切な指示、ツール、専門家によるサポート体制を整えることで、現場の点検担当者が万全の準備で効率的に業務を遂行できるようになりました。
課題
従来、水圧鉄管の点検は、主に点検員による目視検査と超音波厚さ測定に依存していました。しかし、これらの手法には限界があり、理想的なものとは言えませんでした。

- 水圧鉄管
スポット測定では局所的な結果しか得られず、腐食の広がりを全体的に把握することが困難でした。 - 超音波探傷のための表面処理には多大な時間を要し、作業ミスが測定精度の低下を招くことも少なくありませんでした。
- 曲面や大型の表面へのアクセスは、物理的な困難や危険を伴うものでした。
- 専門家の頻繁な現地派遣や、長期間にわたる設備停止(シャットダウン)に伴う高額な費用が発生していました。
- 「検査を先に行い、分析は後で行う」という逐次的なワークフローにより、意思決定に時間を要していました。
腐食した水圧鉄管は、システムの水力効率や構造的健全性に重大なリスクをもたらすため、早急に新たな検査モデルを導入する必要がありました。具体的には、人的作業を削減し、より正確かつ迅速な評価を可能にするとともに、費用対効果が高く安全な検査・保守計画の策定を実現する、拡張性があり、最新技術を活用したデータ主導型の専門的検査モデルが求められていました。
解決策:AR遠隔ビジュアル支援 + 現場での3Dレーザースキャン
これらの課題を克服するため、革新的なハイブリッド検査モデルが採用されました。
1. ARを活用した遠隔目視評価:
現場の技術者は、iPadやタブレットなどのAR対応スマートデバイス上で「AR Genie リモートアシスト 」アプリを使用し、遠隔地にいる検査の専門家とリアルタイムで接続しました。一方、検査担当者は、技術者の視界(ビューポート)をリアルタイムで視覚的に確認することができました。

ARインターフェースとライブ映像ストリーミングを活用し、以下の通り実施しました。
- ARアノテーション機能を使用し、専門家が現場の技術者を誘導して、重点的に確認すべき箇所を検査させました。専門家は、技術者の画面に映るライブ映像上で、著しい腐食が見られる箇所やパターンをリアルタイムで視覚的にマーキングしました。
- 遠隔地の検査担当者は、ライブ映像を見ながら腐食のパターンを特定し、目視で確認できる兆候に基づいて重要度の高い箇所を優先順位付けしました。さらに、現場に赴くことなく、適切な表面処理方法について指示を出しました。
成果:現場の技術者による単独の判断に頼るのではなく、検査の専門家と現場技術者が遠隔で連携することで、適切な検査準備プロセスのための迅速な意思決定が可能になりました。その結果、専門家の出張費、手直し、ミス、そして検査にかかる時間が削減されました。
2. 現場での3Dレーザースキャン:
表面処理の完了後、ポータブル3Dレーザースキャナーを使用して、水圧鉄管(ペンストック)表面の高解像度データを取得しました。3Dレーザースキャンは、金属の減肉、形状の変形、表面の欠陥などを極めて高い精度で測定できる非破壊検査(NDT)技術です。本件では、機械的損傷、外部腐食、管の真円度(偏平率)、および形状プロファイルの測定にこの手法が採用されました。
- スキャナーは、従来のスポット点検では確認できない微細な箇所まで捉え、損傷部位を記録しました。
- データ取得は迅速に行われ、2mmの解像度で対象範囲を100%網羅する高精度なデータを、1平方メートルあたりわずか数分で取得できました。
成果:手作業によるグリッドマーキング、ゲージ、物理的なテンプレートなどを使用することなく、高密度かつ信頼性の高い検査データを取得できました。
AR遠隔支援が3Dレーザースキャン検査のワークフローをどのように改善したか
プラントには、ボアスコープ、レーザースキャナー、超音波探傷器といった従来型や最新型のツール・技術がすでに存在しますが、AR(拡張現実)を活用した遠隔目視支援は、効率性、技術力、連携体制をさらに高め、検査のワークフローを根本的に向上させるものです。
ARがもたらす決定的な違いは、以下の通りです。
1. 準備およびスキャン中のリモート専門家によるガイダンス:
水圧鉄管の腐食を適切に評価するには、正確な検査ができるよう、(サンドブラストなどを用いて)表面をきれいに整えておくことが重要です。これを適切に行わないと、超音波探傷器やスキャナーが誤解を招くような結果を示す可能性があります。拡張現実(AR)の活用:
- 検査の専門家は、ライブ映像によるリモートセッションを通じて、現場の技術者が見ているものと全く同じ映像を遠隔地から確認できます。
- 技術者の視界にAR(拡張現実)の注釈やマーカーをリアルタイムで重ね合わせることが可能です。専門家は、円や矢印を描いたり、入念なスキャンが必要な洗浄箇所をハイライト表示したりすることができます。
- ARを活用した事前検査を行うことで、専門家は表面の状態が精密なデータ取得に必要な基準を満たしているかを確認し、スキャン開始前に準備が整っているかを検証できます。
主なメリット:
実際のレーザースキャンを行う前に目視による点検と表面の準備を行うことで、この手法はエラーを最小限に抑え、コストのかかる再スキャンや手直しを不要にします。これにより、初回で確実に高品質なデータを取得することが可能になります。
2. スキャン前の重要領域の優先順位付け:
構造物全体を闇雲にスキャンするのではなく、AR(拡張現実)を活用した遠隔目視検査は、機械的な損傷、著しい腐食、あるいは過去の保守作業の痕跡といった明確な兆候に基づき、専門家や検査員がスキャンすべき箇所に優先順位を付けることを支援します。
- 専門家は技術者をリスクの高い箇所へと誘導し、スキャンにかかる無駄な時間を最小限に抑えることができます。
- リアルタイムでの観察に基づき、専門家はスキャン解像度やパラメータを調整・変更し、検査戦略をリアルタイムで最適化することが可能です。
主なメリット:
よりスマートかつ迅速な点検 — 運用コスト、人的リソース、時間を削減しつつ、重要な問題への的確な対応を確実にします。
3. リアルタイムでのトラブルシューティングとトレーニング:
AR(拡張現実)は、リアルタイムでのトラブルシューティングやトレーニングに役立ちます。例えば、現場の技術者や担当者が、検査ツールの使用、校正エラー、表面反射の問題、あるいはレーザースキャナーからのリアルタイム情報の解釈などで課題に直面した際、ARを活用したリモートサポートがあれば、専門家が現場に到着するのを待つことなく、即座に専門的なトラブルシューティングのガイダンスを受けることができます。
将来的に現場スタッフが自律的に業務を遂行できるようスキルアップを図る
双方向の支援により、推測に頼る作業を排除
主なメリット:
「一発で正しく完了する(初回での適正な完了)」成果の向上、ダウンタイムの削減、そしてよりスマートで自律的な現場チームの育成。
4. 検査後の検証:
ARを活用することで、遠隔地の専門家はスキャン直後にその結果を確認し、スキャン範囲が十分かどうかを迅速に検証できます。また、ビデオ会議を通じて現場チームと以下のような協議を行うことも可能です。
現場のチームが作業を行っている間に、再スキャンが必要かどうかを判断する。
初期段階の腐食マッピング結果を、現場チームと共に解析・評価する。
主なメリット:
結果を迅速に確認できるため、腐食の深刻度を把握するまでの待ち時間がなくなり、報告や意思決定の迅速化が図れます。
従来のツールキットがあるのに、なぜARによる遠隔目視支援を活用するのか?
従来のツールキットは単に「測定」を行うものでしたが、ARはそれらのツールを最大限に活用することを可能にします。
- スピード:ARは、コミュニケーションの遅延や、手戻りが必要となるようなミスを解消します。
- 効率性:確認、ノウハウの活用、判断といったプロセスを一つの手順に統合します。
- コスト削減:複数の専門家が遠隔地へ実際に移動する必要性を最小限に抑えます。
- 安全性:専門家が危険な環境に身を置くリスクを低減します。
- 拡張性:一人の専門家が、遠隔操作で1日に複数の現場を対応することが可能になります。
主なメリット
- 検査精度の向上
3Dスキャンにより、従来の手法では見落とされていたような微細な表面の変状まで捉えることができ、かつてない詳細な情報を得ることができました。 - 検査時間とコストの削減
AR(拡張現実)を活用した遠隔ガイダンスにより、専門家による対応が効率化され、移動や現地作業にかかるコストを最小限に抑えることができました。スキャン作業は、1平方メートルあたり10分未満で完了しました。 - 安全性の向上
遠隔サポートの活用により、アクセスが困難な場所でのリスクの高い直接的な検査の必要性が減り、技術者の安全が確保されました。 - データに基づく意思決定
エンジニアは包括的な腐食状況のデータを取得できたため、より正確な「使用適格性評価(FFS)」やメンテナンス計画の策定が可能になりました。 - ダウンタイムの最小化
検査が迅速かつ高精度に行われたため、従来の手法と比較して、プラントの操業をより早く再開することができました。
成果
ARを活用した遠隔支援と3Dレーザースキャンを組み合わせることで、水力発電所は以下のことを実現しました。
- 直ちに対処が必要な、深刻な腐食箇所を特定する。
- 重要度の低い箇所を正確に特定し、不要な修理を回避する。
- 推測ではなく、実際の劣化データに基づいて保守スケジュールを最適化する。
- 的を絞った対策を講じることで、重要インフラの耐用年数を延ばす。
結論
AR(拡張現実)を活用した遠隔目視検査と3Dレーザースキャン技術の導入は、水力発電所における水圧鉄管の検査業務を根本から変革しました。これにより、構造的な信頼性と安全性が向上しただけでなく、老朽化した設備という同様の課題を抱えるエネルギー・公益事業分野のインフラ検査において、拡張性のあるモデルが実証されました。
各業界が業務効率、作業員の安全、そして設備の長寿命化のバランスを模索する中、高度な非破壊検査ソリューションとAR技術を組み合わせた導入は、単なるイノベーションにとどまらず、不可欠なものとなりつつあります。
